●令和元年度鳴門市黒崎幼稚園活動内容
 
 ≪研究主題≫
 
 金銭教育に係る様々な体験活動を通し,
          お金や物を大切にする幼児を育む。
 
 Ⅰ はじめに
 
  現在,幼児を取り巻く環境は,豊かなものに囲まれ,欲しいものはすぐに手に入る環境にあり,それが本当に必要なものかどうか理解できていなかったり,物やお金の大切さについて考える機会が減少したりしている。また,最近ではカードや電子マネーで買い物をしたり,公共料金なども全て引き落としされるようになったりして,見えない形でのお金のやりとりは,お金の大切さを感じる機会を奪いつつある。このような状況において,物やお金を大切にすることを通じて,お金や労働の価値を知り,感謝と自立の心を育てることによって,人間形成の土台作りをめざす金銭教育はとても重要であると考える。
   
 Ⅱ 園の概要と園児の実態
 
  本園は阿讃山脈の東端にあり,古くから製塩・足袋製造などで栄えてきた地域であり,園児数は年少児10名,年長児15名の小規模園である。現在は市の中心街に続く商業地として都市化してきており,住宅・マンションが建ち,核家族化の傾向がある。周辺にはスーパーマーケットやコンビニエンスストア,百円均一の店舗があり,欲しいものはすぐに手に入る環境にある。お小遣いをもらっている幼児は少なく,保護者と一緒に買い物に行く経験はあるものの,実際に幼児が金銭のやり取りに関わることは少ない。また,自分の持ち物をはじめ,園の用具を大切にしない,落とし物をしても困らない,遊びの中で素材の無駄使いをするなどの傾向にある。このような幼児の姿から,物やお金の大切さを知る体験が減少していると思われる。そこで,幼児が金銭教育に係る様々な体験活動を通し,お金や物の大切さや働くことの大切さを知り,お金や身の回りのものを大切にする心豊かな幼児に育つことを願い,取り組みを進めることにした。

 Ⅲ 研究にあたって
 
1 幼児期における金銭教育とは

 
  金銭教育は,幼児が「お金とは何か」を知るために大事な教育である。幼いうちにお金の大切さを知ることは,大きくなってから大いに役立つものであると考える。幼児期においての金銭教育は,遊びや生活などの様々な体験を通して,お金とのつきあい方が身についていく。欲しいものを買うためにはお金が必要なことや,お金を貯めるためには働かなければならないこと,お金には限りがあること,欲しいものと必要なもの,買えるものは違うことなどを知り,幼児期から必要な知識や適切な態度を学び,物やお金を大切にしようとする金銭教育の土台を身につけていくことが大切であると考える。また,幼児期の金銭教育を通じて,自分の欲求をコントロールし,我慢する力を身につけていくことも大切であると考える。
 
2 研究の方法と内容
(1)
 
金銭教育に係る様々な体験活動を通し,お金や身の回りのものを大切にしようとする幼児を育む。

 
栽培活動や製作活動など,友達や教師と一緒に取り組む活動を実施する。また,実際にお金に触れる機会や場を意図的に設定する。

 
日々の生活や遊び,紙芝居や絵本の活用などを通して,お金や物の大切さが感じられるようにする。
(2) 幼児期の金銭教育の理解と重要性について,保護者への啓発を図る。

 
保護者を対象とした講演会をはじめ,親子での金銭教育に関する保育実践を通して,幼児期の金銭教育について共に考え,共通理解を図りながら取り組みを進めていく。
    
 Ⅳ 研究の実際
 
1 人や物・お金の大切さを知る  
  ~ 4歳児 お店屋さんごっこから ~
 
  ― 事 例  ― 
5月上旬   リサは,登園してきて身の回りの始末を終えると,「リサちゃん紙飛行機作れるんよ!」と言ってすぐに折り紙で紙飛行機を折り始める。「すごい!上手やなあ。」とリサが紙飛行機を作る姿を見守りながら教師が側で言うと,近くでその様子を見ていたアユミが「アユちゃんも作れる!」とリサが作っているのを見て,見よう見まねで紙飛行機を作っていく。たくさんの紙飛行機を作ると,すでに紙飛行機を飛ばして遊んでいるコウタロウやハルトに「これも飛ばしていいよ。」と渡しに行く。「やったあ!これで2つ目じゃ!」「飛ばしてみようぜ!」と興奮するコウタロウとハルト。喜んでいる2人の様子を見ながら「紙飛行機屋さんできるんちゃうん!」とさらに気持ちが高ぶった様子のリサとアユミ。教師が古い給食の配膳台を他の部屋から運んでくると,そこへ作った紙飛行機を並べていく。すると,そこへ年長組の男児たちもやってきて「紙飛行機ください!」と言う。「どれでも好きなのを1つどうぞ!」と答えるリサとアユミ。「タダでいいんですか!?すごいサービスですね!」と近くでそのやりとりを見ていた教師が言うと,「優しい紙飛行機屋さんです!」とさらに声をあげていた。
  <考察・評価>
  初めは,自分のできるようになったことを教師に見てほしかったリサと,友達の作っている姿に刺激を受けて作ることにチャレンジしてみたアユミであった。ただ,その紙飛行機を作るという遊びが,コウタロウとハルトにプレゼントするという形で周りの幼児とかかわったとき,「相手が喜んでくれる」ということの喜びを味わった。その体験から,リサとアユミの二人には他の友達にも紙飛行機を作ってあげたいという思いが生まれ,「自分以外の人のために頑張る」という経験をすることとなった。お金などの見返りを求めずに「タダで」友達や年長児に渡していた姿と「優しい紙飛行機屋さん」という表現から二人のなんとも言えない嬉しさが伝わってくる。何ももらうことなくプレゼントするということが相手にとってはきっと嬉しいことなのだという推測や読み取りができている。自分の手掛けたもので周りの人に喜んでもらうというこの体験が,今後,自分の身の回りのものや人からもらったものを大切にする気持ちにつながっていくのだろう。
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 ― 事 例  ― 
6月上旬   リサとコウタロウがビーズやモールで作ったアクセサリー屋さんの準備を進めている。「明日は美保先生が来るんやもん。いっぱい作って好きなやつ選んでもらおう。」と張り切るリサ。「あ,でも美保先生,お金もってないんちゃん?」とコウタロウがふと思いつく。「ほんまやな,もも組のアクセサリー屋さんには初めてきてくれるもんなあ。どうする?」と教師が投げかける。「ほな,お金も作っとく!」とコウタロウが画用紙をクラフトパンチで丸く抜いていく。「お財布もあったほうがいいよ!」とリサは折り紙を折って財布を作る。「そういえば,僕もお金は持っとるけど,このアクセサリーは何円なん?」と教師が聞くと,「あー決めてなかった!」と頭を抱える二人だったが,「今から決めよう!」とすぐに気持ちを切り替えた。「これは50円で,こっちが100円。」とビーズが1つついた指輪を50円に,ビーズがたくさんついたブレスレットを100円にした。「なるほど,こっちはビーズがいっぱいついとるけん高いんやな?」と教師が聞くと,「ビーズはずっとあるんじゃないけん大事なんよ!」と二人して答えた。
  <考察・評価>
  幼児の興味や関心に沿って,製作を楽しみながらお店屋さんごっこを続けていく中で,家庭で見る大人の姿や生活の様子からお金のやりとりに興味をもっていることがうかがえる。また,買いに来てくれる人のことに思いをめぐらせ,喜んでもらうにはどうしたらいいかまで考えようとする姿が見られ始めた。遊びと生活がリンクしてきている。さらには,ビーズが有限であるということを知り,“大切にしたいもの”として子どもたちの中に位置付いてきていることも分かる。このように自分の身の回りにある“大切にしたいもの”から少しずつそれぞれのものの価値を学んでいくのだろう。そのビーズがたくさんあるほど値段が高く,少ないほうが値段も安いというのは,生活で見た経験に加え,自分たちが大切にしたいと感じる思いも含んだ価格なのかもしれない。子どもたちなりに様々な体験・経験から,ものの価値やお金の意味を学んでいっていることが分かった。
    
 
2 働くことの大切さを知る   
  ~ 4歳児 稲作体験を通して ~
 
― 事 例  ― 


14
  この日は全員で田植え。稲を「お米の赤ちゃん」であると伝えると,とても大切そうに優しく指3本でつかんでいた。それを1人ずつ園庭の端に作ったミニ田んぼに植えていく。「うわっヌルっとした!」「ドロドロじゃー!」と粘土質の田んぼの泥に驚く幼児たち。無事に植えて保育室へ帰っていると,「お米おっきくなるかなあ?」とダイキが教師に聞く。「どうだろうなあ。おっきくなるようにみんなでお世話頑張ろう!」と教師が答えると,「うん!」と元気に返事が返ってきた。


15
  「お米おっきくなったかなあ?」と外に出て一番に稲の様子を確認しに走っていく幼児たち。「あれ,まだちっちゃいなあ。」というリョウタ。「これから秋までちょっとずつおっきくなるからね。みんなが運動会終わったぐらいには食べられるかな?」と教師が答えた。「お水あげんでもいいん?」とモモ。「お米は,お水を田んぼに溜めておいてゆっくり吸っていくから,このお水が少なくなったら足してあげるんよ。」と教師が言うと,「お米ってのんびりやさんやなあ。」とケントがつぶやいた。


29
  戸外での活動の合間に年長児のソウタが「先生来てー!」と田んぼの中を覗き込んで驚き,教師を大声で呼ぶ。その声を聞いてコウタロウとハルトも教師と一緒に田んぼのところへと駆け付けた。「これ見て!なにこれ!?」とソウタが田んぼの中を指差して言う。田んぼの中では放流したオタマジャクシと一緒に緑の細長いものが動いている。「これはホウネンエビっていうエビさんよ!」と教師が答えると,「エビ!?なんで海ちゃうのにエビがおるんよ!」とコウタロウがすかさず言う。ハルトも「ほんまやなあ。」と繰り返す。「このエビさんは綺麗な水の田んぼにしかおらんめっちゃ珍しいエビさんなんよ。」と教師が説明すると,「へえーかわいいなあ」と愛おしそうに3人が見つめていた。



  夏休みが明けて登園してきたもも組の幼児たち。保育室に入ってくるなり大きな声で,「先生!稲のところにお米みたいなつぶつぶがついとる!!」と言う。「ほんまに!?見に行こう!」と教師も慌てて田んぼのところへと向かう。稲の葉っぱの間から稲穂が少し顔をのぞかせている。「これがお米なん?」とリョウタが不思議そうに教師に聞く。「そうそう。これがお米なんよ。でもまだ食べることはできんのよ。葉っぱもお米も黄色くなってきたらみんなで収穫しような!」と教師が伝えると,「うん!いつ黄色くなるか見よるわ!」と元気に答える幼児たちだった。
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  収穫した稲穂の脱穀を教師が提案すると,「やってみたい!」と言うもも組の幼児たち。牛乳パックでできる方法をやって見せるとすぐに牛乳パックを持って教師の周りに集まってくる。教師の動作を見よう見まねでやってみたり,教えてもらいながら挑戦してみたりするが,「あんまりとれんなあ・・・」と困った様子の幼児たち。「ぐって力を入れて牛乳パックの入り口を閉めとかなあかんのよ。力がいる仕事やから頑張って!」と教師がアドバイスする。「あ!できた!」「ほんまに力がいるなあ。」と少しずつコツをつかむ幼児が増えていく。「ここをこうやって持ったらいいんよ。」と,自然に幼児同士で自分なりのコツを伝え合うようにもなっていった。「見てー!もうこんなに集まってきた!」と時折牛乳パックの中を確認しては教師や友達と見せ合って成果を喜び合う。「もう力入れすぎて手が痛いわ。」とリサが言うが,その顔は言葉とは裏腹にとても明るかった。「お米屋さんは大変やなあ。」とコウタロウが言うと,「ほんまやなあ。めっちゃ手が痛くなるもん。」とアユミも続けて言う。「昔はこうやってしよったんやって。今は機械があって一気にたくさんのお米をこうやって集められるけどな。でも,やっぱり大変よな。」と教師が付け加える。すると,「お米って大事やな。」とダイキが静かにつぶやいた。
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  待ちに待った自分たちで育てたお米でおにぎりを作る日。「はよ食べたいわ。」と朝から待ちきれない様子の幼児たち。「今日までたくさんのこと頑張ってきたお米やもんなあ。」と教師が感慨深そうに言うと,「もう手がなくなるかと思ったわ!」とコウタロウが言う。
 炊き上がったお米が保育室に届くと,「わあーおいしそう!」「いいにおいがする!」と大興奮の幼児たち。ラップを敷いた手のひらにお米がのせられると,「もう食べてしまいそう。」とリョウタが思わず言葉に出してしまう。「食べたくなるよなあ。でもそこにみんなの気持ちを込めておにぎりにしたら,きっともっとおいしくなるよ!」と教師が伝えると,「うん!」と言って優しく握っておにぎりを作る。
 「いただきまーす!」と大きな声であいさつをし,出来上がったおにぎりを一口食べた瞬間に「おいしーい!」と自然に言葉があふれてくる様子の幼児たち。「こんなにおいしいなんて。」とリサが驚いたように言うと,「お家のご飯よりも,給食のご飯よりもおいしい!」と自分が手掛けたお米の味に感動した様子のコウタロウ。「僕ゆっくり食べよう。」とケントが言うと,「ほんまじゃ!」「ゆっくり食べよう!」「すぐに食べたらもったいないもん!」と口々に言ってじっくりとお米を味わっていた。
  それから,給食のご飯もお茶碗についた米粒を見ると,「あ,もったいない。お米って大事なのに。お米がかわいそうでえ。」と幼児同士で伝え合う姿が見られるようになり,ご飯だけでなく,いろいろな食べ物に対して大切に食べようという気持ちが感じられるようになってきている。
  <考察・評価>
  鳴門市ではあまり見られない稲や米のでき方に触れる機会を作りたいと考え,今年度初めて稲作体験を計画した。想像以上に米や稲のことに興味をもち,日々細かく観察する姿が見られた。それが次第に稲に対する愛着となり,興味をもって触れる姿が,稲を大切にしようとする姿へと変化していった。生長を心待ちにし,収穫に期待をもっていたことも姿から明らかである。
  稲のことについて知り,愛着をもっていくうちに,給食でご飯を食べる様子が変わってきた。ご飯粒を残さないように食べようとし,残っていると「もったいない」「おこめさんがかわいそう」と自分たちなりに思いを込めるようになっていった。体験を積み重ねて心が動いていくうちに,食べものや身の回りのものに対する価値観が変わってきていることが強く感じとれた。
  また,脱穀やもみとりなどの米が食べられるようになるまでの過程を体験していくなかで,自分たちが米・ご飯を食べるまでに必要なことを知り,それを受け入れて自分たちでもやろうとして意欲が出てきていた。今回の一連の活動によって労働の必要性や大変さについても感じられた様子であった。
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  ~ 5歳児 夏野菜の栽培から販売を通して~
 
 ― 事 例  ― 
5月中旬から6月下旬   5月,夏野菜の苗植えをすることや,収穫した野菜を夏祭りで販売することなどを幼児に知らせた。「え~,お店屋さんするん?」と驚いていた幼児や,「楽しそう。」「どうやってするん?」と期待をもつ幼児,あまりイメージがわいていない幼児と反応は様々であった。夏野菜販売に向けて,夏野菜にはどんなものがあるのか,どの苗を植えたいのかを幼児たちと話し合い,キュウリ,トマト,ナス,オクラ,ピーマン,トウモロコシの夏野菜を植えることになった。「僕はキュウリを植えたい。」「私はオクラを植えたいな。」など,自分の植えたい野菜を決め,5月中旬に苗植えをした。毎日水やりをして世話をしていたが,中には世話を忘れたり,遊びの方へ気持ちが向き,水やりを早く終わらそうとする幼児の姿も見られた。
植えてからしばらく経った頃,少しずつ苗が生長していることに気付き,「僕の植えたキュウリが大きくなっとる。」「ピーマンの花が咲いとる。」と発見したことを教師や友達に知らせる姿が見られた。また,途中葉に虫がついていることに気付き,「先生,葉っぱの裏に虫がついとる。」「お野菜食べられるんちゃうん?」と心配する姿も見られた。それぞれの野菜に実がつき始めると,「キュウリの赤ちゃんがなっとる。」「トマト大きくなってきたなぁ。」と収穫を楽しみにし,毎日水やりをして一生懸命世話をした。6月下旬頃から,大切に育てた野菜が収穫できるようになり,まずは家庭に持ち帰ることにした。「お母さんにお料理してもらう。」と嬉しそうに持ち帰る姿が見られ,自分たちが育てた野菜を収穫できた喜びを味わうことができた。しかし,収穫した野菜の中には,虫食いのため穴が空いていたり,割れていたりしたものもあって,「ナス食べられとるよ。」「何でトマト割れとん?」と,自分たちで世話をする中で,栽培することの難しさを感じていた。
  <考察・評価>
  5月に苗植えをする時に,自分たちで育てた野菜を夏祭りで販売することを知らせ,販売して得た収益で買い物体験のお小遣いにしようという目標をもって,みんなで取り組むことにした。自分で植えたい苗を決め,毎日水やりをしたり生長の様子を観察したりして,大切に世話をする姿が見られた。しかし,初めの頃は,水やりを早く終わらせて遊びたいという気持ちの幼児もいて,栽培に対しての意識は個人差があった。苗の生長の様子を知らせ,苗が大きくなったり,花が咲いたりすることに気付くことで興味・関心が高まり,少しずつ意識して世話をしたり観察するようになってきた。野菜が収穫できるようになってくると,「ピーマン大きくなっとったよ。」「もうとってもいけるんちゃうん。」と収穫することを楽しみにする姿が見られた。また,栽培活動を通して,収穫に至るまでに虫がついたり,実に穴が空いたり,傷がついたりしていたこともあり,栽培することの難しさや大変さを感じる経験をすることができた。しかし,収穫することや収穫した野菜を家庭に持ち帰ることに喜びを感じているものの,当初の目的である「夏祭りで販売する」という意識が薄れているように思えた。販売するということにあまりイメージがわいていない幼児もいて,意識に個人差もあったため,何のために苗植えをし,大切に世話をして育ててきたかということをもう一度話し合い,確認する必要があると感じた。
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― 事 例  ― 
7月上旬   自分たちが世話をしている野菜をどうするのか,もう一度みんなで話し合った。「お店屋さんする。」「みんなでお買い物行く。」と目標としていたことを確認することができ,「お家の人に買ってもらうためにはどうしたらいいかな?」という教師の問いかけに,「いっぱい野菜並べる。」「看板作る。」など,いろいろな意見が出てきた。話し合いの中で,当日どれだけ野菜が収穫できるかはわからないことや,収穫できる野菜の数が少ないかもしれないということを知らせると,「じゃあちっちゃいトマトも売ればいいんちゃうん?」と,シンから一人一鉢育てているミニトマトも販売する案が出た。シンの意見に周りの幼児も賛成し,自分のミニトマトも販売することに決まった。販売するということを意識したことで,水やりをしながら「お野菜買ってくれるかな?」と言ったり,夏祭りが近づくにつれ,「お母さんに絶対買ってよって言うとくわ。」と言ったりする姿が見られるようになった。
  そして,夏祭りの前にみんなで看板作りをした。値段はどうするか話し合い,一袋100円で売ることに決まった。「お店の名前何にする?」「あおぐみのやおやさんにしよう。」「僕はキュウリの看板書きたい。」とそれぞれグループに分かれ,絵や文字を書いて看板を作った。前日にはみんなで野菜を収穫し,袋詰めはどうするかを相談し,いろいろな野菜の詰め合わせで販売することに決まり,自分たちで袋に野菜を入れていった。
  夏祭り当日,「みんな買ってくれるかなぁ。」と不安そうにし,ドキドキしながら野菜を売った。「幼稚園で育てた野菜が採れました。ぜひ買ってください。」と全員で声をそろえて言い,販売が始まった。初めは緊張して「いらっしゃいませ。」となかなか声に出して言えなかったけれど,保護者の方が一人「野菜ください。」と買いに来てくれると,他の保護者も続いて買いに来てくれ,少しずつ不安や緊張がほぐれ,「100円です。」「ありがとうございました。」と笑顔が見られた。売れたことが嬉しく,「いらっしゃいませー!」と大きな声で言う姿も見られるようになり,野菜は完売した。販売が終わると,「ありがとうございました。」と買ってくれた保護者へお礼を言い,「お野菜全部売れてよかったな。」「やおやさん楽しかったな。」という声が聞かれ,その表情は達成感や充実感にあふれていた。
  <考察・評価>
  夏野菜の収穫や家庭に持ち帰ることに夢中になっていた幼児に,夏祭りで野菜を販売することをもう一度知らせた。自分たちでお店を開き野菜を販売すること,収益金を買い物体験のお小遣いにすることなどを再確認したことで,少しずつ販売することに意識が向くようになった。話し合いの中で,たくさんの人に買ってもらうためには野菜の数が必要であると考え,一人一鉢育てているミニトマトも販売しようという意見が出た。みんなに買ってもらいたいという気持ちがうまれ,野菜がたくさん収穫できるように頑張って世話をし,それぞれが目標をもって栽培活動に取り組むことができたように思う。また,夏祭りの看板作りやお店の飾り付けなどに積極的に取り組み,販売に向けて準備をする中で,「売りたい」という目的意識をもつことができた。前日の野菜の収穫では,思ったよりも多くの野菜が収穫でき,一人一袋販売できるくらいの数ができた。夏祭り当日は,野菜が売れるかどうか期待と不安でドキドキしながら販売をした。次々と野菜が売れていき,売れた嬉しさから自然と声も大きくなり,笑顔で販売し,お店屋さんのやりとりを楽しんだ。今回の販売体験を通して,毎日一生懸命世話をした野菜が売れた嬉しさや,自分たちで野菜を育て,収穫するという労働によってお金を得たことの喜びなどを感じることができ,働くことの喜びや大切さを知ることができた。
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― 事 例  ―


16
日から
19
  夏祭りでの野菜の販売が終わった後もたくさんの野菜が収穫できたため,買い物という目標に向けて幼児と相談し,収穫した野菜を袋に詰め,教師と一緒に空き箱でお金入れや看板を作り,園の玄関に無人の販売所として設置した。夏祭りの時と同じ,一袋100円で販売し,その日収穫できた野菜を机に並べて置いておいた。「買ってくれるかなぁ。」と心配していた幼児たちであったが,置いてある野菜の袋が減っていることに気付くと,「先生,野菜がなくなっとる。」と喜び,お金入れの空き箱を振って,「音がする!お金入っとるよ。」と売れたことを確認する姿が見られた。保護者の方も,「この間見た時よりも数が減っていますね。売れたんですね。」と野菜が売れたか気にかけてくれていた。また,「この前僕のお母さんが買ってくれたよ。」と教師や友達に知らせる姿も見られた。夏休みに入る前に,お金入れの箱にどれだけお金が入っているか売り上げをみんなで確認した。お金の箱を振ってみると音がし,「いくら入っとるんかなぁ。」「いっぱい入っとったらいいなぁ。」と期待しながらみんなでお金を数えた。売上の金額を知らせ,夏祭りの収益金と足した金額を伝えると,「え~!いっぱいあるなぁ。」「やったぁ。これでお買い物いけるな。」と喜ぶ姿が見られた。直接売るのではないが,収穫した野菜を売る販売体験をし,売れた喜びを味わうことができた。
  <考察・評価>
  幼児と一緒に収穫した野菜を玄関に設置したお店に出しておき,必要な方に買っていただき,お金入れに代金を入れてもらうという販売方法であったため,買い手との直接のやりとりはなかったが,野菜の袋が減っているかや,お金入れの箱を振ってお金が入っているかどうか確認をし,売れた喜びを感じていた。あまり野菜が減っていない時は,「今日はまだ売れてないな。」と売れ行きを心配する姿が見られ,買ってくれた時にはより一層売れた喜びを感じ,買ってくれた方への感謝の気持ちも生まれ,お金の大切さが感じられたように思われる。
  しかし,無人の販売所を設置してからすぐに夏休みに入ってしまい,設置期間が短かったため,十分な体験ができたかどうかが反省である。次年度は設置時期を考え,登園日にも体験できるような方法や,夏休み中でも販売できるように方法を考え,見通しをもった計画を立てていきたい。

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  ~ 5歳児 郵便局見学から ~
 
― 事 例  ―



  敬老の日に祖父母へ手紙を書いて送るため,年長児が郵便局へハガキを買いに行った。園の近くにある郵便局まで歩いて行き,年少児の分のハガキも購入した。郵便局に着くと,「ハガキ15枚ください。」「ハガキ9枚ください。」と友達と一緒に窓口に行き,お金を渡してハガキを買った。また,ハガキ購入後は局長さんから郵便局の仕事について話をしていただいた。「郵便局ではどんなお仕事があると思いますか?」という局長さんの問いかけに,「お手紙届けてくれる。」と答える幼児が多かった。「そうですね。手紙を届けることが仕事やけど,他にもいろんな仕事があるんですよ。」と,郵便局ではどんなことをしているのか,貯金や保険,郵便などの仕事内容を説明していただいた。また,幼児が興味をもてるように,「郵便局のポストはどうして赤いと思いますか?」と郵便局に関するクイズを出してくれ,幼児たちは局長さんの話に真剣に耳を傾けていた。
  園に帰ってから,郵便局の仕事について聞いてみると,「お手紙とか荷物を届けてくれる。」「お金を貯金する。」「なんとか保険っていよったなぁ。」と,局長さんから聞いた話を思い出しながら答えていた。実際に郵便局でハガキを購入したり,郵便局の様子を見たりして,地域にある金融機関を身近に感じることができたようであった。
  <考察・評価>
  実際に郵便局に行き,お金を払ってハガキを購入することで,前回の販売体験での売り手とは違い,買い手の経験をすることができた。また,子どもたちは郵便局の仕事は手紙を届けることだと思っていたようで,局長さんから郵便局の仕事について話を聞き,郵便以外にいろいろな仕事があることを知ることができた。少し難しいと思う話もあったが,園に帰ってから話をしていると,思っていたよりも話を覚えていて,興味をもって聞いていたことを感じた。実際に郵便局で話を聞き,仕事の様子を見せていただいたことで,様々な職業や仕事内容があることを知り,働くということに関心をもったり,郵便局という金融機関を身近に感じたりすることができたのではないかと思う。
    
 
3 保護者や地域への啓発
  ~ 保育参観日を通して ~
 
― 事 例  



  6月の参観日に,金融広報アドバイザーの美保みどり先生を招いて,保護者を対象に講演会を実施した。お金や物を大切にする気持ちを育むために,実際に美保先生が取り組んでこられた金銭教育の実践事例を話していただいたり,お金や物を大切にする気持ちを家庭で育むためにはどのようにすればよいのかなどを話していただいた。金銭教育の講演は初めてであったため,保護者は関心をもって聞いていたように思う。また,保護者対象の講演会の後には,幼児も一緒に参加して講演を聞き,DVDを視聴した後にお金の大切さや使い方,物の大切さや使い方などについて話していただいた。
  講演後,親子で牛乳パックや新聞紙などの身近な素材を再利用したおもちゃ作りを体験した。「これどうやって作るん?」「ちょっとここ持っといて。テープで貼るけん。」と親子で楽しみながら作る姿が見られた。けん玉やキャッチボールができるおもちゃを作った後には,親子で手作りしたおもちゃを使って遊ぶ時間も設けた。作ったもので遊んでいる様子を見ていると,どの親子も自然と笑顔になり,繰り返し遊ぶことを楽しんでいた。作ったおもちゃには「このおもちゃはお家の人と一緒に作った僕の,私の大切なおもちゃ」という思いを込めてマジックで名前を書き,大切に家庭に持ち帰った。
  <考察・評価>
  4月のPTA総会で,本園が取り組むことになった金銭教育について保護者に知らせてはいたものの,金銭教育がどういうものなのか具体的には理解できていない保護者が多かった。しかし,参観日事前に金銭教育に関するアンケートをとると,「幼児に金銭教育は必要である」と考えている保護者が多いことがわかった。そのため,今回の金銭教育の講演は,興味や関心をもって聞くことができたのではないかと思う。また,幼児もDVD視聴や講演を通して,欲しいものを買うためにはお金を貯める必要があること,お金を得るためには労働すること,物は大切にすることなどを知り,お金や物の大切さについて考える機会となった。
  親子でのおもちゃ作りでは,既製のおもちゃではなく,牛乳パックや新聞紙などの身近な素材を使っても楽しいおもちゃができることを知るよい機会となった。普段家庭でゲームをして遊んでいるという幼児もいる中で,今回のおもちゃ作りでは,お金をかけずに親子でコミュニケーションをとり,触れ合いながら一緒に遊ぶ体験ができ,手作りおもちゃで十分楽しく遊べるということがわかったのではないかと思う。また,保護者と一緒に作ったことで,幼児も自分のおもちゃを大切に持ち帰ろうとする姿が見られ,幼児にとって手作りおもちゃが価値のあるおもちゃとなり,大切にしようという気持ちが生まれたのではないかと思う。
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― 事 例  ―
11


  11月の参観日では,親子で貯金箱製作をした。製作の前に,貯金箱作りの目的やお金を貯める目標をもつことなどを話し,今回の活動がどのように金銭教育につながっているのかを知ってもらう機会とした。その後,ペーパークラフトの貯金箱を組み立て,年少児はビーズやモール,デコレーションボールなど様々な素材を使って,年長児は自然物を中心とした素材を使い,自分なりに考えたり工夫しながら飾り付けをし,世界に一つだけの貯金箱を製作した。「ここは何付ける?」と幼児の思いを聞き,イメージしたものを実現できるように手伝う保護者の姿や,「お母さんちょっとここ持っといて。」「いいよ。」と親子で協力しながら製作する姿が見られ,製作中はどの親子も自然と笑顔になり,楽しんで飾り付けをしていた。貯金箱が完成すると,お金を貯める目標を相談して決め,紙に書いてもらった。「旅行に行きたい。」「おもちゃを買いたい。」など,それぞれの願いが書かれていた。作った貯金箱は保育室に飾り,自分たちが作った貯金箱を見て,「アノンちゃんの貯金箱可愛いな。」「ソウタくんの上手やなぁ。」など互いの貯金箱を認め合う姿が見られた。
  <考察・評価>
  親子で貯金箱作りを楽しむために,事前に貯金箱作りについて知らせるとともに,飾り付けた貯金箱の見本を玄関に展示し,どんなものを作るのかイメージしやすいようにした。幼児にも参観日に貯金箱を作ることを知らせておいたことで,当日どんな貯金箱を作ろうかそれぞれ考えたり,紙にデザインを描いてイメージしたりする姿が見られた。参観日当日は,ただ製作するだけでなく,貯金箱製作の目的を知らせたり,お金を貯める目標を決めたりすることで,お金に関心をもつことができたように思う。また,作った貯金箱に愛着をもち大切にしようとし,目標に向かって貯金をしようとする気持ちを育むことなど,今回の活動が金銭教育にどうつながっていくのか保護者に知ってもらうことができた。

【参観日実施後のアンケートより】
 親子貯金箱製作について 


 
子どもと一緒に何かを製作する機会があまりないので,一緒に製作をできたのはよかった。どんな物を作りたいか自分でイメージができていたようで,そのイメージに近づけようと頑張っている姿に成長を感じた。

 
製作をするだけでなく,貯金をするにあたっての目標を親子で話し合うことができ,楽しくお金についての話ができたと思う。

 
自分で製作した貯金箱だと店で買っただけの貯金箱より愛着が湧くのか,こつこつとお金を貯めている。また,お金を貯めるために,家でお手伝いをしてくれるようになった。

 
家では500円貯金をしているが,これからは親と子の貯金箱を分け,お金が貯まる楽しみや大切さをわかってもらいたいと思った。
 次年度の金銭教育について 
リサイクルや物を大切にすることについて学んでほしい。
お金の大切さや,本当に必要な物かどうかを子ども自身で考えられる金銭教育があればいいと思う。

 
今年度は個人での活動が多かったように思うので,グループで何か同じ物を作って,協力することの大切さも同時に学べるような金銭教育をしてほしい。

 
お金を大切にすることから物を大切にすることにつながることは嬉しく感じた。次年度も引き続きお願いしたい。
 アンケートから,今回貯金箱製作をしたことにより,家庭での幼児の姿に変化が見られたり,保護者自身も貯金の方法について意識したりし,お金について考える機会となったことがわかった。また,次年度に向けての金銭教育の取り組みについても関心をもっていることがわかり,今後も保護者と連携を図りながら進めていくことの大切さを感じた。
    
Ⅴ おわりに
  金銭教育に取り組む中で,「それってもったいないよ。」という言葉が幼児から聞かれるようになったり,家で貯金をしようとするようになったり,少しずつではあるが幼児の姿に変化が見られるようになってきた。また,栽培活動や販売体験を通して,労働の大切さや大変さを知ったり,お金の大切さに気付いたりすることができた。物を大切にするということに関しても,自分の物と人の物との区別をつけるために名前を書く,最後まで大切に使う,無駄使いをしないなど,様々な方向から自分たちの生活の中に結びついていくことに気付くことができた。しかしその一方で,クラスで話し合ったり体験活動をしている時には物を大切にしようとする意識が高まるが,時間とともに意識が薄れ,物を乱雑に扱う姿も見られる。金銭教育の実践にあたり,園だけの取り組みでなく,家庭や地域とも連携を図りながら取り組みを進めていくことも必要であると感じた。また,幼児の大きな環境となる教師や保護者の考えや姿勢が大切であると思った。今後も保護者や地域の協力のもと,物やお金を大切にする心や態度を育てる環境やかかわりを見直し,実践を重ねていくとともに,今年度取り組んできた実践の成果や課題を踏まえ,次年度の金銭教育の実践に取り組んでいきたいと思う。
  
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